交通事故後の健康保険利用について

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2021-12-01

会員の先生方から交通事故の施術についてお問い合わせをいただく際、「第三者行為である交通事故によるケガなのに、健康保険を使用しないといけないのはなぜか?」、「そもそも患者が交通事故によるケガで健康保険を利用するべきなのはどういうときか?」等のご質問を受けることが多くなってきました。

一方、損保会社より「健康保険で」と言われたため何の疑問も持たずに健康保険で施術している事例も多く見られます。今回は交通事故のケガの施術において、その基礎と、健康保険を利用するケースについて共有したいと思います。

交通事故による損害が発生した場合、加害者側の損保会社は、自賠責保険から出る保険金額(傷害の場合は上限120万円)を超える部分を賠償することになります。このため、本来であれば治療費を被害者が支払い、加害者側の自賠責保険へ被害者請求し、足りない部分を損保会社へ請求することになります。

しかし、被害者請求は請求から支払いまで数ヶ月かかるため、被害者保護の観点から、加害者側の損保会社が自賠責保険支払い部分を含めて一括して速やかに支払いを行い、その後に自賠責保険へ加害者請求する「一括請求」という形が通常取られています(この際に病院や施術所への直接支払いも行われます)。

医師や施術者にとっての「自賠責治療(施術)」とは、この「一括請求」を指していることがほとんどです。そしてこの「自賠責治療(施術)」が「自由診療(施術)」と同じ意味で使われていることが混乱の原因になっていると思われます。

健康保険を使用して1~3割の自己負担分を自賠責保険に請求しても、自賠責保険は保険金を支払います。このため、自賠責治療=自由診療というのは少し違うということになります。自賠責保険が自由診療(自賠責料金)を認めているため、交通事故では自由診療が多い、ということになります。

ちなみに健康保険や労災保険から支払われた治療費は、後に保険者から加害者(損保会社)に求償(支払った部分を後で請求すること)されることになるため、いずれにせよ最終的には加害者側が全額を支払うことになります。

以上の基礎知識をもとに、交通事故治療(施術)で健康保険を利用することになりうるケースを説明していきます。

①加害者が損害賠償責任自体を認めていない、又は加害者が特定できない場合
事故で被害者がケガをしていない、被害者に100%過失があるなどと加害者側が主張する場合、賠償責任自体を否定しているため当然治療費を払わないということになります。またひき逃げ等で加害者が特定できない場合は加害者に費用を負担してもらうことすら出来ません。そうすると、治療が必要な患者としては健康保険や労災保険、人身傷害保険などを使用するしかありません。

②被害者の過失が大きい(4割以上)場合
過失相殺後の損保会社の支払額が自賠責保険の支払額を下回る可能性があると、損保会社が過払いになる可能性を考慮して一括対応せず、被害者はやむを得ず健康保険等を利用することがあります。これは、自賠責保険が7割以上の過失がないと支払保険金を減額しないのに対し、損保会社は過失割合どおり相殺するので、差が生じることになるためです。

③被害者の過失がやや大きい(2~3割)場合
自賠責保険の支払額以下になるほどではないものの、被害者に一定の過失があるときは、健康保険の利用が打診されます。自賠責料金に比べて単価が低くなるため、損保会社としては賠償金が少なくなるメリットがあり、同時に被害者にもメリットがあるためです。例えば被害者の損害額が150万円で過失が30%だった場合、加害者側が支払うべき賠償金額は105万円ですが、自賠責保険から120万円支払われますので、最終的に被害者に支払われる金額は120万円となります。この際、過失があるからといって治療費の支払いが免除されるわけではないので、結果的に被害者が受け取る慰謝料等が減ることになります。
とはいえ、交通事故におけるケガの治療はしっかり身体を治すことが最も優先されるべきで、受け取る慰謝料等の金額を意識するあまり満足な治療が受けられないとなると本末転倒です。患者が健康保険での施術を希望される場合は、この辺りの説明をしっかりと行う必要があります。

④治療費が高額になる場合
被害者に過失が無くとも、長期の入院や手術が必要になる場合は治療費がかなりの金額になるため、健康保険等で治療費を圧縮したいという損保会社の思惑が働きます。ただ、この場合の健康保険利用は被害者側にメリットがなく、健康保険を利用することでリハビリが制限されるといったこともあるため、被害者側として拒否することが多くなるでしょう。ただ、一括請求はあくまで損保会社のサービスであって義務ではないため、健康保険を使わないなら治療費を速やかに支払わないというような損保会社もあるようです。

⑤被害者自身の人身傷害保険を利用する場合
自損事故や、加害者側の損保会社が一括請求対応しない場合、被害者自身の人身傷害保険から治療費を出してもらうことがあります。この人身傷害保険は、約款上で健康保険や労災保険の使用努力義務が定められており、健康保険の利用が促されるケースがほとんどです。あくまで努力義務ですので拒否することもできますが、同じく治療費の支払いを保留されるリスクはあります

以上が交通事故のケガで健康保険等の利用が生じるケースです。病院や施術所では患者から健康保険利用の申し出があった場合、断ることは出来ません。ただし、健康保険を利用する場合は患者側で「第三者行為傷病届」等の届出を保険者に対して行っていただく必要があります。

施術者としては患者に健康保険利用のメリット・デメリットをよく検討してもらう必要があります。損保会社に言われるまま健康保険利用の申し出をされているケースもありますので、患者から申し出があった場合や損保会社から健康保険の利用を求められた場合は、なぜ健康保険を利用する必要があるのかをしっかり確認し、健康保険利用が本当に患者にとってプラスになるのかどうかを患者自身に総合的に判断してもらうようにしましょう。